金曜日, 6月 20, 2008

保護される犯罪者、蹂躙される被害者

朝日新聞が法務大臣を「死神」と揶揄して抗議を受けた。死神はどう考えても処刑された犯罪者たちの方だ。

こういうことを見るにつけ、殺人の被害者にだけはなりたくないとつくづく思う。最大の人権蹂躙を受けた後、「死人に口なし」で誰も代弁してくれない。

被害者が死亡した事件の場合には、検察とは別に原告側に弁護士がついてもいいのではないか。

木曜日, 6月 19, 2008

不幸な事件

小学生が屋上の天窓を突き破って転落し死亡した。学校側の安全管理の問題も指摘されているが、よもや天窓が子供の体重で突き破られるとは思っていなかったというところだろう。

これは安全上の盲点をつかれたといわざるを得ない。

事故にあった子供は天窓の上で飛び跳ねたという目撃証言がある。
そういうことをすればいかに危険であるかということは、身をもって証明したわけだが、それが不幸な結果につながったことは残念としか言いようがない。

他山の石とすべき事故である。

水曜日, 6月 18, 2008

死刑をなくすには

死刑をなくすには、死刑を受けるような犯罪をなくすことだ。そうすれば誰も死刑を受けなくなる。死刑廃止論者は、なぜ誰もこのような議論を行わないのだろうか?

今回の宮崎勤の件に関して言えば、本人が責任能力を問えない状態であったとすれば、自分の死についても理解できなかったであろうし、理解できたとすれば責任能力は問えるのだから、いずれ執行には問題はないといえる。

火曜日, 6月 10, 2008

凶器を提供したものの責任

秋葉原で無差別殺人が行われ、多くの人が犠牲となった。使われた凶器は、殺傷のための武器であるという。福井の販売店が販売していた。

規制の議論はすぐに起こるだろう。だがそれより、凶器を提供したものは、少なくとも犠牲者の経済的負担を負うようにしたほうがよい。今回は7人分および怪我をした人の損害賠償だ。

製造者も責任を負うべきだ。日本国内では不要な製品だ。

金曜日, 2月 01, 2008

JT子会社の健康被害事件

JT子会社が中国に製造委託していた冷凍食品に殺虫剤が混入し、健康被害が出た。

そもそもJTは、多大な健康被害をもたらしている会社だ。その子会社が新たな健康被害をもたらしたわけで、さもあらんとでもいうべき事件だ。

これを機に、親会社の健康被害をもっと注視してもよいだろう。

JTの戦略は、国内のタバコ販売を、食品事業と海外タバコ販売にシフトするというものであった。その海外(中国)からしっぺ返しを食らったわけで、因果応報というべきだ。

もちろん、管理体制ができていなかったことについては言わずもがな。そもそも多大な健康被害を垂れ流す会社であるから、その子会社が食品の安全を軽んじていたとしても不思議ではないわけだ。

水曜日, 12月 05, 2007

無思慮な報道が引き起こした悲劇

恐れていたことが起こった。火事で動転した母親が、2歳の子供を4階から投げ下ろし、下の住民が受け損なってその子は重体となった。

先日、同じような火事があり、そのときは下の住民が赤ちゃんを受けとめた。

そのとき、それは美談として報じられた。しかし、考えてみれば、子供を投げるとは危険この上ない行為なのだ。誰もその危険を指摘せず、火事の時には子供を投げてよいものという感覚だけが残った。

この事件は、無思慮な報道によって引き起こされたと言ってよい。

土曜日, 12月 01, 2007

朝青龍の謹慎はどうなったのか?

朝青龍がモンゴルから帰国して謝罪会見を行った。この後冬巡業に参加するという。

謹慎の件はどうなったのだろうか。モンゴルで自分のペースで療養できることが、謹慎なのだろうか。精神的な病気に逃避して、筋の通らないことをごり押しできるとすれば、教育上好ましくないことおびただしい。

横綱としてふさわしくないことは歴然である。それはつまり、巡業をサボってサッカーを行ったことでなく、精神的病気を理由に処分に従わなかった、あるいは「処分を変えさせた」ことがである。

トップというものは大きな影響力を持っている。その影響力をどのように行使するかは、非常にクリティカルな問題であり、常に自戒を怠ってはならない。朝青龍には、その自覚があるとは到底思えない。

これは、別の言い方をすれば、「病気のため引退しなさい」ということなのだ。内臓の病気であれば、力士は引退を余儀なくされる。精神的な病気だからといって、病気であることに違いがあるわけではない。朝青龍は、「横綱を続けられないほどの病気にかかった」ことを露呈してしまったのだ。

病気だから大目に見てもらえるだろうという甘えは、トップには通用しない。