松本智津夫の死刑が確定した。報道されているのが事実だとすれば、自業自得としかいえない。弁護団も、単に政治的に利用したかったようだから、妥当な結末といえる。
かくなる上は、一刻も早く執行してもらいたい。
1990年代前半、秋葉原には異様な光景が見られた。
二人ずつ、若い男が向き合い、何かを異様な大声で叫びながらビラを配っている。声は嗄れはて、つぶれて、何を言っているのかさえわからない。あまりの異様さに、道行く人は誰一人ビラを受け取ろうとしなかった。男達は、通行人を相手にするというより、お互い向き合って、自分達だけで延々と声を張り上げ続けていた。それは、傍目にも痛々しい光景であった。
ビラは、近くにあるオウム経営のPCショップのビラだった。
最初は、普通のショップだった。ビラ配りの若者はやさしい声をかけてきて、「近くにオープンしたので是非立ち寄ってみてください」と言った。店に行ってみると、若い店員達が、親切に商品の説明をしていた。「もしよろしければ、買ってください。」、礼儀正しかった。
しばらくして、そのショップがオウムのショップだと言うことがわかった。もちろん、二度と行く気はなくなった。誰もがそう思っただろう。そして、ビラ配りの若者がおかしくなった。
はじめはショップにきてもらいたくてビラを配っていただろう。しかし、そのうちビラを受け取る人がいなくなると、ビラを配ることが「修行」になった。のどをつぶし、自分を傷つけ、声を張り上げ続けることが、目的となったのだ。二人で行動していたのは、互いを監視するためだろうか。
最初のやさしく常識的な対応と、この異様な光景は、どうしても結びつけることができなかった。
これがオウムだった。その後さまざまな事件が起こり、オウムの仕業だと言うことがわかったとき、私はそれをごく当然に受け止めた。その得体の知れない異様さと、身内を傷つけてはばからない様子は、絶対に許容すべきでないものとして、深く脳裏に刻まれていた。
だから、普通の人は誰しも、松本智津夫が死刑になるのを当然だと受け止める。
死刑確定に一役買ってくれたのであまりいいたくないが、今回弁護団の対応はあまりにひどかった。再審申請など、くだらないスタンドプレーは、是非しないでほしい。それが全日本人の総意だ。
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