鳩山法相が、死刑の執行にあたって法務大臣のサインが必要な、現行制度を見直すことを提案した。
これはすこぶる妥当な提案だ。時の法務大臣によって、死刑が執行されたりされなかったりするのは、非常に不合理で筋の通らない話だ。
死刑が確定した死刑囚は、死刑に値する犯罪を犯し、それが裁判所によって認定され量刑が決定されたのだ。前提として、殺人によって罪のない被害者が残酷に無念の死へと追いやられている。
その犯罪の結果として死刑が確定したにもかかわらず、法務大臣の恣意性によって生きながらえる期間が異なるのは、まったく不合理というほかない。
死刑廃止論者である亀井議員はこれに真っ向から異を唱えた。しかし、死刑廃止と執行の不合理の問題は別の議論だ。死刑制度が現存する中で、制度の不合理を援用して少しでも死刑囚を生きながらえさせようという魂胆は、姑息以外の何ものでもない。
死刑廃止論を見ていると、被害者の人権がもっともないがしろにされていることを感じる。国民の多くが同じことを感じているはずだ。単純に廃止を議論するのでなく、犯罪予防、被害者救済、そして裁判の公正さに焦点をあわせて議論と努力を続けるべきだ。
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