吉良義央は、歴史上もっとも被害を被った犯罪被害者だ。
松の廊下での顛末は、どう見ても吉良義央には非がない。
浅野長矩は遺恨があると証言したらしいが、そうならば外で悶着を起こすべきで、殿中で刃傷沙汰を起こせばどうなるかわかっていないはずがない。
後世まことしやかに作られた「遺恨」の中身にしても、どれをとっても刀を抜くほどのものはない。
つまり、刀を抜いた時点ですでに「ご乱心」なのである。
吉良義央お咎め無しは、事情を知るものには当然の結論だ。浅野長矩を即日切腹としたのは綱吉の勘気であり、赤穂浅野藩取り潰しの張本人は公儀である。
つまり、赤穂浪士たちの「仇」は、どう見ても浅野長矩本人か、公儀徳川幕府なのである。
それどころか、吉良義央は切りつけられて怪我を追っている。つまりは、犯罪被害者である。
そして、討ち入り。ここで吉良義央は命を落とす。これを普通に説明すれば、以下のとおりとなる。
「ある犯罪者が、被害者に暴力をふるい怪我を負わせた。後に、その犯罪者の関係者が、しつこく被害者をつけ狙い、家宅侵入して殺害した。」
どう考えても悲惨な犯罪被害である。
この後、吉良義央の嫡男(実際には孫)は、この事件が元で早世し、吉良家は断絶する。
そして、これほどの犯罪被害に遭いながら、様々な誹謗中傷によって死後数百年にわたって名誉を貶められ続けている。
そろそろ、吉良義央については、加害者ではなく被害者として名誉回復してもいいのではないか。
そして、浅野長矩はご乱心の性格破綻者、赤穂の浪士たちについては、勘違いのテロ集団として、正当な評価に甘んじさせてもいいのではないか。
そうでなければ、日本人として恥ずかしすぎる。
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