日曜日, 8月 12, 2007

朝青龍のことで思うこと

日本人は、外国人とうまくコミュニケーションが取れない。「本当は言いたいことがあるんだが、外人だし言葉もあやふやで、プッツンされたら困るからな。相手が外人だということは回りもわかっているから、ここで何もいわなくても許してもらえるだろう」というメンタリティ。

だから、もし相撲の伝統を重視するのだったら、外国人力士は受け入れない方がよい。また、強さよりも品格を優先すると堂々と言明すればよい。ファンも変わる必要がある。横綱が弱くたって結構。勝負に強いだけで品格のない横綱は願い下げだ。

相撲協会は、大相撲のほかにプロ相撲を創設すべきだ。大相撲は伝統を重んじ、品格を優先して勝負にはこだわらない日本の国技、プロ相撲は勝負を重視するスポーツ。

そもそも長い仕切りやさまざまな所作はスポーツには不要。プロ相撲では、もっと取り組みをスピードアップして、純粋に勝負だけを楽しめるようにする。個人戦だけでなく、部屋対抗の団体戦や、トーナメントなども取り入れて、スポーツとしての面白さを追求する。ギャンブルにするのもいいだろう。番付は不要。各場所の優勝者がチャンピオンとなり、年間の通算成績で順位が決まる。もちろんドーピング検査は欠かせない。

これに対して大相撲は、勝負よりも所作の美しさと格式を追求する。番付は勝敗でころころ変えずに、強さ、品位、美しさ、日常生活態度などを基準に査定を行い、年一回くらいのタイミングで昇進を行う。言ってみれば一般企業の昇進制度と同じような考え方だ。伝統に基づき、儀式としての相撲を執り行う。観客はその美しさを堪能する。力士は、如何に真剣で美しい取り組みを行い、日常生活を含めて品格を養うかを追求する。

プロ相撲と大相撲はひとつの興行で同時に行ってもいいし、分けてもいいと思う。両方見たいファンもいれば、片方だけしか興味ないファンもいるだろう。

力士はその適性に応じて、どちらかに参加する。兼任できる力士が現れれば、それもひとつの話題となるだろう。そして、プロ相撲力士は全世界にオープンとし、大相撲力士は原則として日本人だけに限る。もちろん中には日本に帰化し、品格で認められて大相撲に参加する外国人力士もいるかも知れない。

こういうことを考えていけば、現在相撲協会が抱えるさまざまな問題を解決できると思うのだが、いかがだろう。

土曜日, 8月 11, 2007

空気を読めない馬鹿

民主党の某議員が、クールビスの中止案を言い出した。これには愕然とした。なぜ民主党が勝ったのか、まったく理解していない。そういう馬鹿なことを安部がやったから国民はお灸を据えたのだ。空気が読めないとは、まさにこいつのことだ。